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2006.07.22

その言葉は誰のもの?

靖国関連部分のメモ全文 「それが私の心だ」


 昭和天皇の靖国神社に関連した発言について、富田朝彦氏のメモの全文は次の通り。(原文まま)
 私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
 だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ
(共同通信) - 7月20日

昭和天皇 靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも

 
 「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。A級戦犯分祀論や、小泉純一郎首相の参拝問題にどのような影響を与えるのか。

 ■A級戦犯の遺族

 「信じられない。陛下(昭和天皇)のお気持ちを信じています」--A級戦犯として処刑され、靖国神社に合祀される板垣征四郎元陸軍大将の二男の正・日本遺族会顧問(82)=元参院議員=は驚きながらも、そう言い切った。
 正氏は昭和天皇が参拝を中止したのは、A級戦犯合祀とは無関係だとの立場を崩さない。「三木(武夫)総理(当時)が昭和50(75)年に現職首相として初めて参拝し、その秋の国会で論議になったため、陛下はその後参拝できなくなったのだと私は思うし、さまざまな史料からも明らかだ。A級戦犯合祀は、陛下の参拝が止まった後のことだ」と話す。その上で「(富田元長官が)何を残され、言われたかは関知しない」と言った。
 同様にA級戦犯として合祀される東条英機元首相の二男輝雄氏(91)=元三菱自動車工業社長=は「そんな話、いまだかつてどこからも聞いたことがない」と繰り返した。「信ぴょう性が分からない以上、言いようがない。個々の動きでいちいち大騒ぎしても仕方ないよ」とコメントを避けた。

 ■識者は

 昭和史に詳しいノンフィクション作家の保阪正康さんは「昭和天皇は東京裁判の結果を容認し、A級戦犯合祀はおかしいと判断していたから、想像できる範囲ではある」とし、影響について「参拝に反対の立場の人たちからは『昭和天皇でさえも否定的』という声が強まるのではないか。小泉純一郎首相と昭和天皇は靖国について考えが違うことがはっきりした。首相は参拝するのであれば、昭和天皇の判断に、政治の最高責任者として戦争について見解を改めて述べる必要があるのではないか」と語った。
 一方、一橋大大学院社会学研究科の吉田裕教授は「徳川義寛侍従長の回想で示唆されていたことが確実に裏付けられ、松岡洋右元外相への厳しい評価も確認された。今後は分祀論にはずみがつく。小泉首相も、少なくとも(終戦の日の)8月15日に参拝をしない理由になるのではないか。首相の参拝には多少の影響はあると思う」と話した。
 日本近現代史に詳しい小田部雄次・静岡福祉大教授は「昭和天皇の気持ちが分かって面白い」と驚き、「東京裁判を否定することは昭和天皇にとって自己否定につながる。国民との一体感を保つためにも、合祀を批判して戦後社会に適応するスタンスを示す必要もあったのではないか」と冷ややかな見方を示した。その上で「A級戦犯が合祀されると、A級戦犯が国のために戦ったことになり、国家元首だった昭和天皇の責任問題も出てくる。その意味では、天皇の発言は『責任回避だ』という面もあるが、東京裁判を容認する戦後天皇家の基盤を否定することもできなかったのではないか」と話した。

 ◇靖国神社とA級戦犯合祀を巡る動き◇

1945年8月 終戦の玉音放送
 46年4月 国際検察局がA級戦犯容疑者28人を起訴
   6月 松岡洋右被告が病死
 48年11年 極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯のうち7人に絞首刑判決
 51年9月 サンフランシスコ講和条約調印
 56年4月 厚生省(当時)が「祭神名票」送付による合祀事務に対する協力を都道府県に通知
 66年   A級戦犯の「祭神名票」を靖国神社に送付
 75年8月 三木武夫首相が現職首相で初めて終戦記念日に参拝。私人としての「参拝4原則」を強調
   11月 昭和天皇が最後の参拝
 78年10月 靖国神社がA級戦犯14人を合祀
 85年8月 中曽根康弘首相が公式参拝。「宗教色を薄めた形式なら公式参拝は合憲」との官房長官談話を受けて
 86年8月 近隣諸国に配慮して中曽根首相が参拝断念
 01年8月 小泉純一郎首相が13日に参拝。以降、毎年参拝
 05年6月 小泉首相が衆院予算委員会でA級戦犯について「戦争犯罪人であると認識している」と答弁

 ◇内容を精査し、冷静な分析必要

 天皇の靖国神社参拝は1975年11月21日に昭和天皇が行って以来、今の天皇陛下も含め行われていない。同神社や遺族側は、その後も「天皇参拝」を求めているが、30年以上途絶えたままだ。これまでいくつかの理由が推測で語られていたが、今回の「富田元長官メモ」は、このうちの一つを大きくクローズアップした。
 宮内庁によると昭和天皇は、終戦に際し45年11月に同神社を参拝。その後も数年おきに訪れ、75年までに戦後計8回参拝した。また、今の天皇陛下は皇太子時代、69年までに戦後計4回参拝している。
 途絶えた理由に挙げられるのは(1)78年のA級戦犯合祀(2)対外関係の考慮(3)公人私人問題--など。靖国参拝推進派はこのうち(3)を取り上げることが多い。75年8月、三木武夫首相は「私人」の立場を強調して参拝。同年11月の天皇参拝では、政府は「天皇の私人としての行為」と国会答弁した。この点につき、「公人中の公人」の立場を昭和天皇が熟慮して、その後の参拝を取りやめたとの考えだ。
 だが、今回のメモは(1)が大きな理由だったと読める。天皇参拝を求める以上、遺族側でもこの発言を理由に、A級戦犯分祀論が強まる可能性がある。
 一方で、メモで取り上げられている松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐伊大使への昭和天皇の思いを考慮する必要もある。「昭和天皇独白録」で、松岡元外相について「恐らくは『ヒトラー』に買収でもされたのではないかと思はれる」と辛らつに評価。白鳥氏が担当した日独伊三国同盟にも不満を述べている。信任していたとされる東条英機首相や木戸幸一内大臣らと比べ、冷ややかに見つめていたのは明らかで、それが発言に反映している可能性も否定できない。
 また、合祀されているA級戦犯14人の多くは陸海軍幹部で、2人は元々からの外務官僚。軍人でもなく、戦死でもなく、靖国神社にまつられることに違和感を語る向きもあった。昭和天皇が何を問題と感じ、それを今後我々がどうとらえていくか。内容について全文を精査し、冷静に分析していくことが必要だろう。【大久保和夫、竹中拓実】
(毎日新聞) - 7月20日

とりあえず、自分の天皇観としては、「天皇、別にいてもいいんじゃない?」って感じです。
まえは天皇、いらないんじゃない派だったのですけど、ここをよんでから、いてもいいんじゃないに変わりました。

つまり個人的には消極的な賛成派ですね。
皇室は自分に近い位置でもないし、積極的に敬おうとかは別に思わないです。
だからといって否定する気もないというのがスタンスでしょうか。

むしろ嫌いなのは、天皇家を報道するマスコミ。天皇家だって普通の人なんだから、もう少しほっといてやれよとか思うんですけどね。愛子ちゃんが初めて幼稚園行ったとか、記事にする意味があるんだろうか?といつも首をかしげています。

まあ、それはそれとして、今回のメモ。
個人的な天皇観から言えば、ぶっちゃけ、天皇がどう思い、靖国に参拝しようが、本当にどうでもいいのですが、
なんか、捏造疑惑が浮かんでるようで・・・・。


以下ネットからの拾いもので、細部を琴吹が修正。

1.「昭和天皇と交わされた会話を日記や手帳に克明に書き残していた。」のになぜかこの部分は手帳に貼り付けてあった。

2.「だから私はあれ以来参拝していない。」
  天皇陛下は75年(三木首相私人参拝)から参拝していないのに、「私はあれ(3年も後の78年のA級戦犯合祀)以来参拝していない」では辻褄が合わない。

3.あったとされる「発言」が合祀から十年後の昭和63年(1988年)の四月。崩御の前年。

4.天皇陛下が自分の(個人的な)意思で参拝したり、参拝を取りやめたりすることはそもそもできない。それをできると思うのは、外国人か日本の官僚機構を知らない人達。

5.何故、毎年、天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象となっている全国戦没者追悼式に毎年参列して、御言葉も述べているのか。

6.一部記事中の白鳥を白取と誤字。

7.「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と。」「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」
78年ならまだしも、合祀から10年経った88年に語ったとするとあまりに不自然な発言。

8.当時の侍従長でA級戦犯の合祀に大反対だった、徳川義寛氏の発言と考えれば、内容はすべて辻褄が合う。

9.勅使は陛下の私費で現在まで靖国神社に派遣されている。

10.日記のページは黄色く変色しているにもかかわらず、メモ自体の保存状態が極めて良好(紙が真っ白)。

11.ブルーインクで書かれた文字が、経年劣化で退色したりかすれたせず、綺麗なままである点。

12.天皇は、×私 → ○朕 ×参拝 → ○親拝という風な言葉を使うはず。


 ※6.のやつは原文は白取と書かれているけど、実際は白取という人はいなくて、白鳥という人――白鳥敏夫元駐伊大使――がいるということ

これだけ、疑問点をあげられると、怪しさ満点だし、そのメモの言葉が本当に天皇が言葉だったか検証されずに天皇の言葉として報道されているのが気になります。

藤尾(文相)の発言だという人もいるみたいですし。

大久保の事件の時にも思ったことですが、マスコミの記者さんというのは検証というのをしないんですかねえ・・・。


参考
murmurぶるログ
無法地帯

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コメント

このメモ、どうやら捏造で間違いないようですね。
藤尾元文部大臣、もしくは徳川侍従長の発言をメモした物を
「昭和天皇のもの」として報道してしまったようで。

永田元議員の偽堀江メールが記憶に新しいですが
「情報の信憑性」をもはやマスコミには期待できないのでしょうか。

http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2006/07/post_5e43.html
http://youmenipip.exblog.jp/2881000/

報道も人が取り扱ってるものだから思想が乗っちゃうのはしょうがないと思うんですよね。たとえば朝日新聞がどんなに特定アジアよりだろうが、自分はかまわないと思います。
そういう報道姿勢が一貫してれば。

ぶっちゃけ、今のマスコミは特定アジアに寄りすぎだと思いますけどね。


でも、事実をねじ曲げることは報道機関としてやっちゃいけないことのはず。最近のマスコミはそれを理解しているとはとても思えない報道の仕方をするので、正直信用できません。

何とかならないものかなあと・・・。
正義の”ぶんや”はもうお話の中にしかいないのでしょうかねえ・・・。

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