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2006.08.18

新聞記者は戦争を始めることができる

「ちゃんと質問しなさい」 オシムの記者教育


「マスコミの人がちゃんと質問しないなら、私のほうから今日の試合について話します」
2006年8月16日、サッカー日本代表はアジア杯予選のイエメン代表戦に臨み、2対0で勝利した。オシム監督は、試合後の記者会見でこう切り出し報道陣を驚かせた。なぜオシム監督はマスコミに対して、このような態度を取るのか。

この日の記者会見で「2戦目で進歩はあったか」との質問に、オシム監督は次のように切り返した。

「私ですか?選手ですか?」
マスコミの質問のあいまいさを鋭く突いた発言だ。

新聞記者は戦争を始めることができる

イエメン戦翌日のスポーツ各紙と『オシムの言葉』。オシムの”教育”は記者に届くか
オシム監督の初戦トリニタード・トバゴ戦に勝利した後のインタビューでも、「今日は親善試合で次は公式戦ですが」との記者の質問に、「今日は公式戦じゃなかったからどんな試合だと言うんですか」「私にとっては親善試合も公式戦も同じように大切だ」とオシム監督はいい、記者をたじろがせた。
以前、J-CASTニュースでは「言葉尻とらえてばっか。年中揚げ足取りと嫌味ばっか言ってるの?この爺さん」などの「『オシム語録』にうんざり」と言った声がネット上であることを紹介した。しかし、オシム監督のこうした言葉は、実は彼がこれまで経験で培ったマスコミへの警戒感が生み出したものなのだ。

オシムの語録と半生を綴った『オシムの言葉』(集英社インターナショナル)を見るとそこにヒントがある。オシム監督がジェフ千葉の監督だったころの話である。

「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しい質問をしているのか。(略)そうでないのか。新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」

「記事を読んだ人々が、扇動されることが怖い」
オシム監督がユーゴスラビア代表の監督だった頃、メディアは政治に染まっていた。民族間の対立が深刻な連合国だった同国では、新聞記者が自民族の選手だけに注目し、ナショナリズムのプロパガンダに利用しようとしていた。オシム監督は同書で次のように述べている

「記事自体は私にとってはプレッシャーでも何でもない。あいつらは書きたいことを書くだけだ。ただそれを読んだ人々が、扇動されることが怖い」
日本代表はW杯ドイツ大会で散々マスコミに煽られたすえに、「1分2敗」で1次リーグを敗退している。オシム監督が繰り返す、日本の記者への鋭い切り返し。これは、彼の日本のマスコミ教育、といってもいいだろう。

2006年08月17日 J-CASTニュース

新聞記者は戦争を始めることができるすごい重い言葉ですね。

言葉というのは時には拳銃より痛い武器になるのです。

だからこそ、最近のマスコミの報道には首をかしげます。

新聞社や、マスコミの人は言葉というものすごく大事なモノを扱っているんだと言うことを本当にわかって欲しいです。

記者会見でこういう言葉を言える人を尊敬します。

オシムの言葉買ってみようかな・・・。

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コメント

ごきげんよう、おじゃまします。

> 最近のマスコミの報道
最近なのかな? 昔っから、という話も世代が上の方からよく聞きます。

それにしても。新聞もそうですがTVがより顕著ですよね。
記者たちは報道の自由という言葉と筆の力を知っていて、その武器を所構わず振りかざしている印象を受けます。

MCや現場の記者が、事実の最後にボソッと付け加える感想文。
同じ方を向いているゲストやコメンテーター、評論家を集めて優遇し、世論を誘導する行為。
都合の悪いところは隠して、受けの良さそうな所だけを表に出し、無ければ捏造する姿勢。
名が出てしまった弱い人々をも平気で蹂躙して、やり過ぎても謝罪すらしない態度。

それらが巧みに組み込まれています。
報道そのものが、事実と議論の区別がなくなってきて、これってどこの2ちゃんねる? なんて眺めている番組もちらほらと。

コメントありがとうございます。

自分がマスコミの報道姿勢というモノに疑問を抱いたのが最近なので、最近のという言葉を使ってますけど、もっと昔から七日もしれませんね。
でも、ワイドショーとかは年々ひどくなっていっている気がします。


マスコミの報道姿勢って本当に一貫していない気がします。
直近だと、加藤紘一衆院議員の放火事件とか。
犯人の名前や所属を伏せる意味がわかりません。

普段加害者にあれほど熾烈な報道を行っているのに・・・。
こういうのを見ると何か裏があるのではないかなと思ってしまいます。

韓国の新聞にはちゃんと名前が出ているそうですけどね・・・。

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